第四回 日本カンボジア研究会(2010年7月4日)発表要旨(6)
[プログラムは、こちら ]
笹川秀夫(立命館アジア太平洋大学)
「官報にみるカンボジア仏教の展開」
近年、カンボジア仏教に関する研究は、英語圏での進展が見られる。具体的には、アン・ハンセン、ペニー・エドワーズ、イアン・ハリスらの著作が、その例としてあげられる。ただし、これらの著作は中央での動向、とくにタイのタンマユット派(クメール語では、トアンマユット)の伝播、在来派モハーニカーイ(内戦後、マハーニカーイという発音が一般化)における改革派の出現、民主カンプチア(ポル・ポト)政権下での断絶とその後の復興などを扱っているものの、中央での動向が地方にどのように波及したかについては、いまだ明らかにされていない。本報告では、こうした研究状況に新知見をもたらす資料として、官報にみられる仏教関係の記述をとりあげたい。
カンボジアの官報は、フランス語版が1902年、クメール語版が1911年に発刊された。フランス語版は1973年まで、クメール語版は民主カンプチア政権下での断絶後、1985年に再刊され、現在まで刊行されている。プノンペンのカンボジア国立公文書館は、両言語による官報をほぼ完備しており、研究者による利用が可能である。
発表者は、2006年度から京都大学地域研究統合情報センターでの共同研究に参加し、2008年度からはこの共同研究の一部メンバーによる日本学術振興会科学研究費補助金、基盤研究A(海外)「大陸部東南アジア仏教徒社会の時空間マッピング:寺院類型・社会移動・ネットワーク」(研究代表者、林行夫京都大学地域研究統合情報センター教授)に研究分担者として参加してきた。これらのプロジェクトを通じて、フランス語版の官報から宗教に関する記述を網羅的に収集している。フランス語版を使用している理由として、刊行時期が早いことと、情報学の手法でデータを処理するプロジェクトのため、クメール語より処理が容易なフランス語を選択したことがある。
官報に見られる政令には、寺院の建立(トアンマユット派の地方への伝播を含む)、布薩堂や僧房など各種建造物の建立、学校(世俗教育と僧侶への教育の双方)の設置、寺院として認可される以前の建造物などに関する情報が含まれる。上記の科研費では、人類学者による寺院情報と僧侶の移動についてのデータ収集が実施されており、フィールド調査によるデータと官報からのデータとの接合について議論を重ねている。
なお、官報からのデータ収集は、現段階で1902年から1964年までを完了している。今年度もひきつづき調査を継続する必要があり、今回の発表は中間報告となる。そのため、官報の資料的価値や、フィールド調査と文献調査の接点などについて、論点を整理し、かつ忌憚のないご意見やコメントを賜わる場としたい。