2010年6月11日

7/3 日本カンボジア研究会、発表要旨(2)小笠原梨江

第四回 日本カンボジア研究会(2010年7月3日)発表要旨(2)
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小笠原梨江(日本学術振興会特別研究員PD)
「カンボジア・メコンデルタ氾濫原における在来灌漑の運用のしくみ―コンポンチャーム州・B村のトムノップ灌漑の事例より―」

 本発表では、2004年から2005年、および2007年から2008年にかけてコンポンチャーム州B村でおこなった定着調査に基づき、カンボジアにおける在来の稲作灌漑の運用のしくみについて検討する。トムノップ(土堤)は、カンボジアのメコンデルタ氾濫原における一種の環境適応型農業技術として評価され、その活用に期待が寄せられている。一方で、トムノップの利用の実態については十分に把握されておらず、どのような組織や制度によって運用されているのかはほとんど明らかにされていない。そこで本発表では、B村におけるトムノップ灌漑を事例として、その受益者集団による自律的なトムノップの利用・管理のしくみについて検討する。
 B村には、乾季に減水期稲作を行うために一部の村人たちが共同で利用するトムノップが約20存在し、そのすべてが機能している。本発表では、第一に、トムノップの構造と灌漑のしくみに着目し、トムノップのシステムとしての完結性と、その貯水機能を担う部分施設の管理の重要性を指摘する。第二に、トムノップの利用と管理のしくみに着目する。ここでは、まず、施設の維持管理と適切な操作による用水の確保が受益者共通の関心事であり、これに関して各トムノップの受益者集団を単位とする組織的な活動がみられることを示す。一方で、用水分配については、「公平な」地割に基づく受益世帯ごとの個別の樋口管理と自由な用水利用が基本であり、共同性はほとんどみられないと結論付ける。またこれに関連して、用水分配に関する実質的な「不平等」の拡大が今日問題となっていることを指摘する。第三に、各トムノップの利用・管理主体である受益者集団の自律的な組織運営に着目し、その特徴と背景、および変化について考察する。受益者集団の活動について各成員世帯は基本的に平等の権利と義務を有し、独自の資金調達と管理、行政組織との相互依存的な関係の中で維持される独立性に基づき自律的な組織運営が行われている。その背景として、トムノップによる用水供給の安定性、用水の利用および施設の維持管理の容易さ、トムノップ灌漑によるコメ生産がもたらす収益の高さなどが挙げられるが、これらはB村の自然条件とトムノップの形態、土地所有形態、稲作技術などによって規定されるものである。最後に、おもに市場経済化に伴うトムノップ灌漑をめぐる集団的営為の変化について指摘するが、それが受益者集団の共同性を否定するものではないとの見解を示す。