2018年6月11日

6/30-7/1 【再掲】第12回日本カンボジア研究会プログラム

日本カンボジア研究会では、本年度の研究集会を以下の要領でおこないます。今年は、京都での開催となります。

カンボジアに関わる話題を広く取り上げて議論する得がたい機会として、皆さまのご参加をお待ちしています。事前の参加登録は必要ありません。

<日時と場所>
6月30日(土)および7月1日(日)

京都大学稲盛財団記念館3階中会議室(両日とも)
https://kyoto.cseas.kyoto-u.ac.jp/access/

<プログラム>
6月30日(土)

13:00 開場

14:00-14:15 趣旨説明 小林知(京都大学)

14:15-14:55 発表(1)
小林知(京都大学)、イム・ソックリティー(アプサラオーソリティ)
「アンコール遺跡地域の景観変容に関する予備的研究 ―航空写真を使った国際化時代の資料共有化の試み―」
☞発表要旨はこちら

14:55-15:45 発表(2)
東佳史(立命館大学)
「「カンボジアの春」あるいは「フェイク・デモクラシー」 ―2018年カンボジア総選挙に向けた報告―」
☞発表要旨はこちら

15:45-16:00 休憩 

16:00-16:40 発表(3)
藤本穣彦(静岡大学)
「プレック・トノット川流域システム ―社会技術論からのアプローチ―」
☞発表要旨はこちら

16:40-17:20 発表(4)
友次晋介(広島大学)
「プレック・トノットダム計画と日本主導の開発援助 ―カンボジアをめぐる冷戦・開発・メコン川流域諸国間関係―」
☞発表要旨はこちら

17:20-17:40 総合討論

18:00- 懇親会

7月1日(日)
9:30 開場

10:00-10:40 発表(5)
中野惟文(東北大学大学院)
「カンボジアの伝統医療師の治療 ―タケオ州の事例から―」
☞発表要旨はこちら

10:40-11:30 発表(6)
武田龍樹(京都大学文学研究科・非常勤講師)
「カンボジア北西部村落部における内戦の残存物 ―記憶へのひとつの人類学的接近法―」
☞発表要旨はこちら

11:30-12:10 発表(7)
由比邦子(桃山学院大学・非常勤講師)
「アンコール浮彫の弓形ハープ図像をめぐって」
☞発表要旨はこちら

6/30 発表要旨(1)

小林知(京都大学)、Mr. Im Sokrithy(アプサラ機構)
Dr. Kobayashi Satoru, Kyoto University and Mr. Im Sokrithy, APSARA Authority, Cambodia

アンコール遺跡地域の景観変容に関する予備的研究 ―航空写真を使った国際化時代の資料共有化の試み―
Preliminary Survey of Landscape Transformation in Angkor region based on the William Hunts Collections

 本研究は、第二次世界大戦期に東南アジア大陸部で撮影された航空写真コレクションWilliam Hunts Collections(以下、WHC)を用いて、アンコール遺跡地域の景観変容を考察する国際的共同研究の予備的な報告である。航空写真は地域の歴史世界を知るための第一級の史資料であるが、撮影記録を欠く場合は、時空間情報のレファレンスが確定できず、使用に困難が伴う。ただしその場合でも、考古学的な遺跡など、目視で存在が判断できる対象を含むときは、当該地域の過去の状況を研究する素材として利用できる。本研究では、WHCのなかからアンコール遺跡地域を撮影した約80枚を抽出し、モザイク化し、1940年代のアンコール地域の景観の復元を試みた。そして、それを今日の景観情報と比較し、地域の人と自然の関わりの変化について予備的な分析を試みた。
 アプサラ機構を中心としたアンコール遺跡地域の保全においては、「過去の復元」が長らく議論されてきた。しかし、どの時代のいかなる「過去」を復元するのかという議論は、必ずしも十分に議論されてきていない。本研究の予備的な成果は、以上のようなアンコール遺跡地域の保全のあり方を見直す機会を提供する。本研究はまた、国際化時代の研究資源共有化という21世紀の研究者コミュニティが取り組むべき課題についても、一つのモデルを示す。

6/30 発表要旨(2)

東佳史(立命館大学)
Dr. Yoshifumi Azuma, Ritusmeikan University

「カンボジアの春」あるいは「フェイク・デモクラシー」 ―2018年カンボジア総選挙に向けた報告―
Cambodia’s Spring or Fake Democracy, towards the 2018 general election

 2018年7月29日に予定されている総選挙の有権者登録は5月25日に締め切られる。2014年総選挙と2017年クム・ソンカット選挙でのCNRP躍進を受けて党首の逮捕とCNRPの解党が与党によって強行された。その多くはフンセン首相の強硬な対応を見誤り、妥協よりも対決を選んだ救国党のオウンゴールとも言えるが、ここまでの強硬策を許している国際社会の構造的変化も需要である。中国はすでに最大援助・投資国でありもはやフンセン首相は上から目線で民主主義や自由で公正な選挙を説教するEU・米国などの古臭い支援国(日本も含めた)を以前ほど重要視していない。
 このような構造的な変化の中で現在、政党登録と有権者登録が行われているが、前々回総選挙あたりから問題となっている、17歳以上人口と有権者登録者数との乖離、つまり幽霊投票者と野党支持者登録妨害の増加である。4月末現在では有権者登録では目立った報告はない。それは監視するNGOsへの有形無形の脅迫によるとも言える。本報告では統計局から得た人口統計の詳細とNEC(国家選挙管理局)の有権者登録数の比較を通して2018年総選挙の前哨戦を検証する。

6/30 発表要旨(3)

藤本穣彦(静岡大学)
Dr. Fujimoto Tokihiko, Shizuoka University

プレック・トノット川流域システム ―社会技術論からのアプローチ―
Evaluating Existed Infrastructures and Networks about the PREK THONOT (Cambodia) Water Resource Development and Management Project

 本報告が研究の対象とするのは、カンボジア王国において1950年代末~内戦期に計画された、「日本主導の」多国間援助による河川開発プロジェクト「プレック・トノット(川)電力開発灌漑計画」である。工事は内戦で中断した。内戦終了後に幾度か再構成が試みられたものの、全体計画はストップしたままであり、現在も未完のプロジェクトである。
 本報告の目的は、現在の視点から、プレック・トノット流域システムの全体性を評価することにある。それは、未来への可能性(プレック・トノット計画の再構成あるいはリジェクト)のために、課題とアプローチを整理することを意味する。本報告にあたっては、当時の工事関係者との現地調査やネットワークの発掘を、2016年3月21~27日、2017年3月25~28日、2017年7月15~25日に行った(広島大学・友次晋介准教授との共同調査)。現地調査で得られた資料と図面、対話の記録を分析した結果に基づいて報告する。

6/30 発表要旨(4)

友次晋介(広島大学)
LL.D. Tomotsugu Shinsuke, Hiroshima University

プレクトノットダム計画と日本主導の開発援助 ―カンボジアをめぐる冷戦・開発・メコン川流域諸国間関係―
Prek Thnot Dam Project and Japan-led International Development Aid: Cold War, Development, and International Relations in the Mekong Basin Concerning Cambodia

 カンボジアの首都プノンペンの郊外に、1万8千kWの水力発電所と灌漑用放水設備の建設を目指した未完のプレクトノットダム計画の遺構がある。同計画は1968年の協定発効から1970年にロンノル将軍による政変、これに続く内戦で頓挫するまでの間、日本がイニシアチブを取り、被援助国カンボジア含む12カ国が参加した開発援助だった。アメリカはベトナム戦争で消耗し、その隣国カンボジアとの関係とも悪化させ、インドシナ半島は不安定化していた。この中でアメリカはカンボジア援助については日本が主導することを期待するようになり、プレクトノット計画はその目玉となった。これを受け、日本は同計画を東南アジアへの援助外交の主要課題にあげるようになる。この計画が生まれ、日本がこれを推進するに至るまでの背景には、日米関係のみならず、冷戦期の東南アジア―アメリカの関係、メコン河流域の国際関係、中国の影響への日米両国の評価といった錯綜する要因があった。

7/1 発表要旨(5)

中野惟文(東北大学大学院)
Mr. Nakano Korefumi, Doctoral Students, Graduate School of Arts and Letters, Tohoku University

カンボジアの伝統医療師の治療 ―タケオ州の事例から―
Treatment of Traditional Healers in Cambodia: The Case of a Kru Khmer in Tak?o Province, Cambodia

 カンボジアにはクル・クマエと呼ばれる多くの伝統医療師が伝統医療サービスを提供している。彼らはアユルベーダ医学、土着のアニミズム、上座部仏教の教義とを融合させ、カンボジア特有の薬草などを用いて治療を行っている。クル・クマエは各村に大抵1人はおり、カンボジア保健省の予測では40~50%程度の国民が伝統医療を利用している。カンボジア政府はクル・クマエに対して短期トレーニングコースなどを提供して、伝統医療行為の実施や伝統医薬品の販売を実施するための認証の取得を促しているが、伝統医療の提供について法令上の規制はない。発表者は博士論文のフィールドワークの予備調査として、2017年6月から8月の2カ月間カンボジアに滞在した。その際、カンボジア南部タケオ州の一村落で一人のクル・クマエに出会い、彼の伝統医療の実践を観察した。彼はカンボジア政府の認証を受けていなかった。本発表ではこれまでのカンボジアにおける伝統医療の先行研究の論点を検討しつつ、発表者の観察したクル・クマエによる実践をカンボジア農村部の伝統医療の事例の1つとして取り上げる。

7/1 発表要旨(6)

武田龍樹(京都大学大学院文学研究科・非常勤講師)
Mr. Takeda Ryuju, Part-time Lecturer, Graduate School of Letters, Kyoto University,

カンボジア北西部村落部における内戦の残存物: 記憶へのひとつの人類学的接近法
Remains of Civil War in Rural Northwestern Cambodia: An Anthropological Approach to Memories

 研究者によって提示される人々の語りにおいてであれ、そうした語りに基づいて組み立てられる歴史においてであれ、過去からの諸々の出来事は有意味的に連結されて現在へと至る。幾つもの出来事を繋いでいく筋立ての役割を果たしているのが、出来事に影響を与え歴史を作り出すという人々の投企である。だが、過去についての語りの基底には、自らが何らかの状況に投げ込まれていたということ、すなわち被投性が横たわっている。本発表では、過去を語ることにおける被投性に接近するためのひとつの方法として、事物に触発されて過去を想起するあり方に目を向ける。
 カンボジア北西部に位置するバッタンバン州村落部では、1980年代の人民共和国政権側での「K5計画」を中心とした軍事政策の実施、および1990年代のクメール・ルージュとの大規模な武力衝突がその地理や景観に強い影響を及ぼした。これらの出来事には、防御壁の建設や地雷の設置、軍用車や戦車の搬入が伴った。これは、そこに住む人々の間に犠牲者を生み出したばかりでなく、彼らの生業活動の範囲を限定し方向づけるものでもあった。内戦が終結した後も、防御壁や銃火器の残骸といった内戦の残存物は残されており、とりわけ地雷はその機能をなおも停止させてはおらず、住民たちの現在の生にも影響を及ぼし続けている。
 人々は、集落の傍らに散らばって残された内戦の残存物に触発されて、過去を語る。ここにおいて過去は、想起可能というよりも忘却不可能なくらいに近くに存在する残存物の周囲に、現在から明瞭には分離できないようなあり方で現れる。

7/1 発表要旨(7)

由比邦子(桃山学院大学国際教養学部・非常勤講師)
Dr. Yuhi Kuniko, Part-time Lecturer , Faculty of International Studies and Liberal Arts, Momoyama Gakuin University

アンコール浮彫の弓形ハープ図像をめぐって
Some Remarks on Arched Harps depicted on the Stone Reliefs of Angkor Sites

アンコール諸遺跡の壁面浮彫には多種の奏楽場面が描かれているが、中でも弓形ハープの事例は東南アジアの他の遺跡に比べて格段に多い。アンコール浮彫の弓形ハープ図像にはいくつかの際立った特徴が見られるが、中でも特筆すべきはネックの先端が鳥の頭となっているハープが数体存在することである。これは明らかに“鳳首箜篌”と呼ばれるインド起源の弓形ハープを文字通りに描いたものと考えられる。『新唐書』には驃国の使節がもたらした鳳首箜篌についての記述が見られるが、演奏図像として残るのは東南アジアではアンコール浮彫のみである。
アンコール浮彫には“鳳首”を持たない弓形ハープの図像も存在するので、“鳳首箜篌”といえども必ずしもネック先端に鳳首がついているとは限らない。実際、ミャンマーに現存する弓形ハープのサウン・ガウッには、『新唐書』の記述とは異なり鳳首はない。アンコール浮彫は鳳首箜篌が実用に供されていることを証明するのみならず、現在ではほぼ消滅してしまった弓形ハープがかつては生き生きと奏されていた実態を示す貴重な音楽学的史料といえる。