2018年6月11日

7/1 発表要旨(6)

武田龍樹(京都大学大学院文学研究科・非常勤講師)
Mr. Takeda Ryuju, Part-time Lecturer, Graduate School of Letters, Kyoto University,

カンボジア北西部村落部における内戦の残存物: 記憶へのひとつの人類学的接近法
Remains of Civil War in Rural Northwestern Cambodia: An Anthropological Approach to Memories

 研究者によって提示される人々の語りにおいてであれ、そうした語りに基づいて組み立てられる歴史においてであれ、過去からの諸々の出来事は有意味的に連結されて現在へと至る。幾つもの出来事を繋いでいく筋立ての役割を果たしているのが、出来事に影響を与え歴史を作り出すという人々の投企である。だが、過去についての語りの基底には、自らが何らかの状況に投げ込まれていたということ、すなわち被投性が横たわっている。本発表では、過去を語ることにおける被投性に接近するためのひとつの方法として、事物に触発されて過去を想起するあり方に目を向ける。
 カンボジア北西部に位置するバッタンバン州村落部では、1980年代の人民共和国政権側での「K5計画」を中心とした軍事政策の実施、および1990年代のクメール・ルージュとの大規模な武力衝突がその地理や景観に強い影響を及ぼした。これらの出来事には、防御壁の建設や地雷の設置、軍用車や戦車の搬入が伴った。これは、そこに住む人々の間に犠牲者を生み出したばかりでなく、彼らの生業活動の範囲を限定し方向づけるものでもあった。内戦が終結した後も、防御壁や銃火器の残骸といった内戦の残存物は残されており、とりわけ地雷はその機能をなおも停止させてはおらず、住民たちの現在の生にも影響を及ぼし続けている。
 人々は、集落の傍らに散らばって残された内戦の残存物に触発されて、過去を語る。ここにおいて過去は、想起可能というよりも忘却不可能なくらいに近くに存在する残存物の周囲に、現在から明瞭には分離できないようなあり方で現れる。