石橋弘之
「カンボジアの森をめぐる移動と交流―カルダモン山脈と中央平野部の地域間関係史」
21世紀初頭のカンボジアは、内戦と政変からの復興と再生の時代から、内戦後の開発の時代へと移行し、市場経済化が進められてきた。開発が政治経済の中心地にある中央部から国境の山岳森林地域へと及び、人と自然の関係が急変するなか、現在の変化を、双方の地域の関係の歴史から理解しようとする議論が展開されている。
しかし、国家の担い手とされてきた多数派民族クメールが主に住む中央部の研究と、国家の周縁にあるとされてきた少数民族が住む山岳森林地域の研究は別々に進められてきた傾向があり、双方の地域の関係は、中心と周縁の二項対立や政治的対立に還元されてきた。
本報告は、カンボジア西方にありタイと国境を接するカルダモン山脈を対象に、山岳森林地域に暮らしてきた人々が、近代から現代の歴史をいかに生きてきたのかを、中央部を対象とした研究も参照して明らかにすることを目指す。具体的には、カルダモン山脈の森をめぐり人々が地域間を移動し交流してきた歴史を、交易品カルダモンの産地の形成、内戦下で森の中に逃げた人々の避難生活を経た生活再建、そして内戦終息後の市場経済化、国家制度の浸透、自然環境の急変への人々の対応の動きから提示する。