2010年5月27日

6/26 東南アジア学会関西地区例会

今年度の東南アジア学会関西地区例会は、6、10、12月については「東南アジアの社会と文化研究会」と共催のとなります。相互に刺激となって活発に議論ができますことを目指しております。
http://www.chiiki.asafas.kyoto-u.ac.jp/syakai-bunka/workshop/index.html
早速、6月は下記のように共同で開催いたします。ふるってご参加ください。

日 時  2010年6月26日(土)13:30~17:30
場 所 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科  総合研究2号館
(旧・工学部 4号館)4階 会議室(AA447)
http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/about/access.html

報告1 中村 真里絵(国立民族学博物館 外来研究員)
「農民から職人へ:タイ東北部土器生産地における社会関係の変容」

報告2 佐藤 奈穂(京都大学東南アジア研究所 非常勤研究員)
「カンボジア農村における死別・離別女性の研究 -親族ネットワークと生計維持戦略-」

【発表要旨 Abstracts】

1 中村 真里絵氏

 本発表では、タイ東北部有数の土器生産地ダーン・クウィアンにおいて、土器づくりが活発化する過程で、人々がいかにして社会関係を再編させてきたのかを論じる。都市近郊農村に位置するダーン・クウィアンに住む人々の従来の生業は農業であり、土器づくりは副業であった。そして多くの地域で土器づくりが消滅していくなか、1970年代、日用品としての土器から室内外の装飾品としての土器をつくることへの転換により、ダーン・クウィアンの土器づくりは農民の片手間の副業から専業と化し、作り手は農民から職人になった。
当初、土器づくりは、集落の屋敷地の工房において、親子やキョウダイ、親族間という狭い範囲で完結していた。ところが、1990年代より、生産地の外からの土器職人の流入に伴い、土器づくりに新たな技術的要素が加わるようになると、土器づくりにおける人々の社会関係が、血縁、地縁を基盤にするものから技能ベースへと移り変わっていき、土器づくりは、屋敷地の工房を越えて広い範囲でおこなわれるようになる。しかし、そこで血縁、地縁という従来の土器づくりを支える社会関係は、消滅するのではなく維持されていく。このダーン・クウィアンの人々の関係性を構成する血縁、地縁、技能という要素が、土器づくりを可能にしている一方で、新たに村人の間に経済的な格差を生み出していることに留意したい。本発表では、こうした土器づくりをめぐる人々の社会関係の変化をカーステンの言う"つながり(relatedness)"に依拠しながら検討する。

2 佐藤奈穂氏 

本発表では,カンボジアの一農村を対象とし,死別・離別女性(メマーイ)が,①いかに資産を得て,②いかに働き,③いかに子を育てているのかを明らかにする。そこから,農村に生きる女性たちの「貧困回避」と「リスク対応」を可能とするカンボジア社会の特徴とその限界を描き,所得貧困にとどまらない広義の「人間貧困」への理解に迫る。
死別・離別女性は「女性世帯主世帯」として,開発経済学における貧困問題の1つとして研究されてきた。女性世帯主世帯は日本やアメリカ,南アジアなどで所得貧困の割合が高いが,カンボジアを含む東南アジアの国々ではその逆の結果が出ており,夫を持たない世帯の女性たちが他の世帯に比して貧困に陥る状況は見られない。また,カンボジアの農村社会は互助機能が低く,個人主義的であると先行研究で述べられてきた。夫を失くすというリスクに遭遇した女性たちが貧困を回避する要因に農村社会の互助的,支援的機能は存在しないのか,という点についても検証する。
 メマーイの貧困回避を可能とする要因として,まず女性に開かれた経済環境の存在が指摘できる。また,親やキョウダイ等と1つの世帯を形成することにより,労働力を確保するとともに,世帯内に2人以上の家事労働力を有し,家事と夫に縛られない女性の社会進出を促していた。
リスクへの対応の特徴としは,以下の3点が明らかになった。まず世帯構成の柔軟性がある。夫を失くしたメマーイは親やキョウダイと世帯を再編成することにより,労働力を確保し,世帯の安全や精神的な支えを獲得していた。母子世帯になることを回避し,夫の不在がリスクとして顕在化しない構造があった。2点目は親族内での扶養規範の共有である。子や老親が世帯間を移動することにより,親やキョウダイ間における所得の一時的な再分配と扶養負担の調整が行われていた。3点目は資産の確保である。夫を失くしても住む場所や耕す土地,その他の資産を失わないことも重要なリスク回避の要素として確認された。
先行研究では,カンボジア農村の互助機能は弱く,個人主義的であると述べられてきたが,親族世帯間における支援の存在が確認できた。互助関係は独立した世帯間での金品や食料,労働力支援などによってのみ行われるのではなく,世帯の形態そのものを変え,世帯間を人が移動することによっても取り結ばれていることが明らかになった。ただ,親族が親やキョウダイといった非常に狭い範囲に限られていることが,その機能の限界でもある。
つまり,メマーイの所得貧困およびリスクの回避は,資産の確保,労働力の確保,就労機会の存在,家事労働からの解放,親族世帯間での子の扶養規範の共有によって可能となっていた。資産獲得の慣習や経済状況,さまざまな関係性に支えられた世帯構成や扶養規範の「柔軟性」が,所得貧困だけでなく夫を失くしたことにより発生する様々なリスクを回避し,女性たちの社会経済生活の不安定性を緩和していると言える。