2020年11月4日

発表(5)要旨

 新谷春乃(SHINTANI Haruno) 日本学術振興会特別研究員PD

「独立後カンボジアにおける自国史叙述の展開(1953-2018年)」

"Historiography of Cambodia since Independence (1953-2018)"

本報告は、2019年度に東京大学へ提出した博士論文「独立後カンボジアにおける自国史叙述の展開(1953-2018年)」を元とする。本研究は、独立後のカンボジアにおいてナショナリズムとの関係からその重要性が指摘されてきた自国史叙述に焦点を当て、背景となる政治・言論環境と歴史教育・研究の史的展開を概観した後、叙述の創出、再編、再解釈を動態的かつ包括的に検討したものである。独立後の自国史叙述は、カンボジアを消滅に導きうる内外の他者とその他者からカンボジアを救う護持者をめぐる叙述を軸として展開した。外部の他者をめぐる叙述はベトナムを中心に展開し、政治的・軍事的脅威の高まりと連動して見直された一方、内なる他者となった民主カンプチア体制をめぐっては、歴史叙述や文教政策が国内政治や市民社会の影響を受けて再編された。このような他者の脅威からカンボジアを救う護持者をめぐる叙述の展開は、伝統的統治者である王と、フン・センによる英雄像が軸となり、指導者の転換が叙述転換の契機になった。これら他者と護持者をめぐる叙述はそれぞれの語りの中に取り込まれ、補完関係にあった。このような歴史叙述の転換は思想的観点から現代史の時代区分を再考しうるものである。