大坪 加奈子(九州大学大学院人間環境学府人間共生システム専攻・博士後期課程)
「カンボジアにおける「開発僧」のゆくえ―スヴァーイリエン州の事例から―」
本報告の目的は、カンボジアにおける僧侶の社会・福祉活動とその変容について社会的背景や他者との関係性から検討することである。地域社会の中で寺院や僧侶はさまざまな社会的役割を担ってきたが、1990年代からタイの事例を参照してカンボジアの「開発僧」が研究者や開発援助機関から発見され、開発のオルタナティブ性や内発的発展性が強調されてきた。
カンボジアにおいて「開発僧」という用語は研究者や開発援助機関からの呼称でしかないものの、積極的に社会・福祉活動を展開してきた僧侶は存在する。また、事実として僧侶が世俗社会との関わりを志向してきた背景がある。例えば、1994年に「仏教とクメール社会の開発」と題した宗教省主催によるセミナーが開催され、マハーニカーイ派およびトアンマユット派の大管僧長、社会・福祉活動に従事する僧侶が参加し、教育や環境、福祉といったさまざまな領域に僧侶や寺院がどのように関わっていくべきか議論がなされている。全国僧侶年次会議においても僧侶が在俗信徒の福祉に貢献することが重要であるとの議論がなされたことがある。こうした背景の一端には、僧侶の伝統的な社会的役割に加え、ポル・ポト政権崩壊後から現在に至るまでの復興・開発といった社会過程で人びとの要請に応じたこと、開発援助機関や海外の宗教団体が僧侶を開発プロジェクトの重要なアクターと見なし関与してきたことがある。したがって、タイの事例を参照してカンボジアの「開発僧」の固定的な見方を再生産するのではなく、カンボジアにおける個別の脈略にそって僧侶の活動を検討することが求められる。
そこで本報告では、カンボジア南東部に位置するスヴァーイリエン州において、「開発僧」と研究者より称され紹介されてきた僧侶および「開発僧」と称されずとも社会・福祉活動に携わってきた僧侶を事例として取り上げる。僧侶を取り巻く社会背景と活動の系譜を辿り、現在まで展開されている僧侶と他者との関係性を検証し、多様な他者が介在する僧侶の社会・福祉活動の現実態について検討する。